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キリマンジャロの夜道を駆け巡り、 野生の縄文の人となる。

人生には予想不可能なことばかり! でも、だからこそ、私たちは成長します。

 

そしてきっと縄文時代には予想できないことばかりだったと思うのです。大自然は恵みでもあり、命を奪う敵でもあり。天気予報なんて便利なものはなく、常に「五感を野生動物のように最大限に開放して」風の音や空気の湿度を観察しながら、日々の過ごし方を決めて暮らしていたのでしょう。食べ物を採集したり狩りに出たりするかどうかも「知識よりも直感」を頼りに、一瞬一瞬に集中して生きていたのではないでしょうか。そして、それって一体どんな感じだったんだろう?・・・と縄文の人に想いを馳せる私ですが、今朝ふと思い出したことがありました。

 

20代最後の年。アフリカ・タンザニアのキリマンジャロに登って、その中腹にある村を訪ねたことがありました。想像してみてください。私は30kgのバックパックを背負ってあてもなく数ヶ月アフリカを旅していました。ケニアからタンザニアへバスで国境を越えて、滞在した小さな村のユースホステルで見つけたヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」を読んで、無性にキリマンジャロに登りたくなってしまったんです。

 

登山家への質問で「何故、登山をするのですか?」と尋ねると、おきまりの「そこに山があるから」という答えが返ってきますね。まさにその通り。目の前のサバンナの向こうにこんな雄々しいキリマンジャロがあったら誰だって登りたくなってしまいます!

 

まずは頂上を目指す前に山の中腹の村を訪ねたい・・・人々の暮らしに興味があった私はそう思いました。

 

頂上へのルートには登山者の姿が見えましたが、わざわざキリマンジャロの雄大な山頂を目にしながら村へ行く人は殆どいないので、ユースホステルで新しくできた友人達と途中で別れて、私は静かに村への山道を登って行きました。しかし、こんな時にも予想不可能なことは起こるもの! ようやく村に着いたところで、私は水が足りないことに気づいたのです。500mlの水のボトルがかろうじて一本バックパックに入っていたけれど、登り道で殆ど飲んでしまっていました。少なくともあと3本は入れていたはずだったのに。山の中腹とはいえ灼熱のアフリカでは常に水分を取らないと脱水症状になってしまいます。最低でも2Lは持って行く予定でした・・・なんてバカな私。アフリカの旅では持ち物が命をつなぐから、朝は絶対に所持品を確認する習慣だったけれど、その朝は友人とのちょっとした行き違いに気を取られてバタバタと外出してしまったのでした。初めてのアフリカの旅にもだいぶ慣れてきた頃で油断がでてしまったんですね。

 

スワヒリ語の片言の単語で、村の人に水があるか聞いたら、すぐにコップに入った「泥水」を持ってきてくれました! 私はいつもは雑菌やバクテリアなどを濾す水用フィルターも持ち歩いていましたが、今はそれもありません。この「水」現地の人は免疫ができてるけれど、私が飲んだら下痢かコレラか意味不明の症状になるに違いないでしょう。同じ「水」なのにそれぞれの生活によって、なんと違う事か。現地の人には飲めて私には飲めない水。アフリカを旅しているとよくあることでしたが、他に選択がないと言っても、私にとっては、それは危険すぎることでした。

 

こんな時、あなたならどうするでしょうか?

 

  

私が次に探したのはフルーツ。水は飲めなくてもフルーツの水分があればしのげるからです。ところがトロピカルな海岸線の地域とは違って、山の中腹にはそれもありませんでした。予想しなかったトラブルに少しパニック気味になってる私でした。だってベースキャンプにしていたロッジまで走って帰るのにも半日はかかるから、水分がないと大変なことになる!・・・危機感で頭が真っ白になっていきます。

 

灼熱のアフリカを旅するほど「水」の大切さを感じることはありませんでした、それなのにこんなミスをおかしてしまうなんて。まずい、まずい! 嫌な冷や汗がでて「不安」から「恐怖」に変わりつつあるのが感じられました。これは要注意のイエローサインです。交感神経が強くなりすぎている証拠だから・・・深呼吸して、こんな時こそ落ち着いて・・・と自分に言い聞かせました。

 

水を消毒するために火を焚いてお湯を沸騰させようと思いつき、焚き木を探し始めたら村人にとめられてしまいました。理由はわからないけど、火を使ってはいけないと言うこと。火事を恐れているのか、宗教的な理由なのか、何かの理由で火を起こすことができないだけなのか、片言のスワヒリ語 (私) X 片言の英語 (集落の子供達)ではそれが会話の限界。落ち着いて考えようとしていたけれど、さすがにイライラしてきました。

村人は私がなぜ困っているのか理解できずに「飲みなよ〜」と泥水のコップを差し出します。一生懸命に対処しているのに思うようにいかず、私の需要を理解できない彼らや、そもそも水を忘れてしまった自分自身に怒りが出てきます。

 

アアアアアァァァ〜〜〜!言葉にならない感情が動物の雄叫びのようになってでてきました。私を取り囲んだ村人がビックリして、私も驚いて・・・そしてそれまでの緊張感が解けてみんなで笑ってしまいました。危機感でそれまでフル回転していた思考がふわ〜っと和らいだその瞬間、何か不思議な感じが身体を貫きました。

 

「静かな雷」みたいな何とも言葉にできない初めてのエネルギー体験です。

 

そしたら急に五感が冴えて、大画面を見ているように突然に視界が広がり、まるで映画のズームシーンで鳥の目線から見下ろすように周囲の景色が見えて来ました。そしてその風景で遠くにある樹々に目がとまったのです。なんとその枝には緑色に赤みががったコーヒーの実がなっていました! 食べてもいいか聞いて、ひとかじり。コーヒーの実が食べられるなんて考えたこともなかったけれど、まさに天の恵み。実は小さくて水分は少ないけれど果肉は甘酸っぱくて美味しくて、気持ちが満たされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリマンジャロで出会った、まさに「天国の果実」。

赤く熟した実だけを袋にいっぱい詰めて、代わりにチョコレートや常備食を物々交換してほっとひと安心。

 

ところが! 一難去ってまた一難。キリマンジャロの神さまは予測不可能な出来事で、私を試します。水問題に対処していたらあっという間にもう3時になってました。水がなくてその村には泊まることもできないので、日暮れまでにベースキャンプのロッジに帰らなければなりません。どんなに走っても4時間はかかるし、山の日暮れは早くてキリマンジャロの山道は夕方にはもう真っ暗になるでしょう。都会は別にして、アフリカの旅は本当に計画が立ちません。旅行本に書かれている情報もあてにはならず、ただ頭を柔らかくして、その時々の状況に柔軟になって最善を尽くすしかないんです。

 

私の友人にも「利江子さん、アフリカいいね〜。私も行きたい!」という人と、「話を聞くのは面白いけど自分で行くなんてありえない〜!」という人とに分かれます。アフリカは生易しく楽しいだけの旅先ではなく「あなた、本当にどのくらい私のことを好きなの? どのくらい受け入れてくれるの?」と試す恋人のような存在 (笑) みたいなんです。特にこんな時は。迷っている暇はないので、私はとにかく帰路を急ぐことにしました。

 

山道を転げるような勢いで一目散に走る・走る・走る! 止まると疲れて休みたくなってしまうので、とにかく走り続ける。水はもうないので歩きながらコーヒーの実をかじったり、口の中の唾液を意識して飲みこんで水分補給しました。汗で塩分もなくなるから、自分の顔や腕の汗まで舐めて走る。都会で普段生活している時の私はこれでも結構エレガントなタイプ・・・のはずなんですが、こういう時には一瞬でスイッチが切り替わって、私の中の野生が目を覚まします。

 

山は日暮れが早くて、どんなに走ってもどんどん暗くなる。どんどん暗くなる。まるで日暮れのスピードと競争して走ってるみたいでした。そして暗くなるにつれて野生動物の声が大きく山の樹々に響き渡ると、怖さで背中がぞわぞわします。そんな時に、何故かフクロウの声だけが見守ってくれる精霊のように感じたのを覚えています。

 

 

私は走るのが得意ではないから、どこまで体力がもつか不安がよぎる。しかし恐怖に襲われたら、途端に身体が固まって動けなくなってしまうのもわかってる。映画『ジョーズ』にもあったように "肉食動物は恐怖を察知して寄って来る" ことを知ってましたし、ケニアの国立公園内に宿泊してテントで寝た時にもそう注意を受けました。だから自分がパンサー(豹)になったようにイメージして、呼吸だけに集中して無心に走り続けたのです。

 

今朝の自分の不注意や、行き違いでもめた友人への苛立ちや、時間を忘れて夢中になっていたことへの後悔や、自分を責める気持ちがよぎって「こんなはずじゃなかった」と思うけど、今はそんな雑念にネルギーを使ってる場合じゃない。周囲が暗くなるにつれて狼やハイエナの声が聞こえてくるんです・・・すると身体がすくんでまた恐怖が走る・・・野生動物に襲われる自分を想像して怖くなる・・・すべての雑念を打ち消してパンサーになった自分で走る。ただその繰り返し。何時間経ったのか、いよいよ日が暮れてしまい夜の暗闇を走り続けなければならなくなりました。

 

もう自分が走っている道さえも見えないほど真っ暗なキリマンジャロの夜道。視覚に頼ることができないので、足の裏の感触だけに全神経を集中してひた走りに走る。あんな走り方がどこからでてきたのか! まるで獣のような集中力!! 自分で考え出したわけでも、過去にそんな体験があったわけでもありません。ただ目の前に起きてしまった予測不可能なことに集中していたら、どこからか自分でも知らなかったものが目覚めてしまっただけなのです。

 

ウウウゥワワァァアアアアアァァァァ〜〜〜〜〜!!!


怖さと緊張と疲れが絶頂に達して、またそれとは反対に興奮してアドレナリン300%状態の、陰と陽のエネルギーがぶつかりあって身体が核爆発のような凄いことになってて、動物のような雄叫びをあげながら走っている自分がいました! 今思い出すと、その時の私はもう人間の状態ではなかった気がします(爆笑)。まるで動物のような変性の意識状態で、他の野生動物に襲われないようにただただ威嚇の叫び声をあげながら走り続けたのでした。 

 

心学用語にCoping Mechanism (コーピング メカニズム)という言葉があります。あの危機的な状況に適応しようとして、まさに私の「内なる力」が放たれた瞬間だったのでしょう。すべての雑念や、恐れや緊張や疲れからも自由に解き放たれて「内なる野生が目覚めた」・・・とでもいうでしょうか。こんな風に解説するとカッコイイですね〜(笑)。でも実際はまったくそんなじゃありません。何とも言葉にし難いのですが、あまりの恐怖と緊張と疲れがいっぺんに襲ってきて、極限状態で何時間も走り続けていたせいか、ある瞬間に突然に、それらのものすべてを一気に超えてしまったんですね。そう言えば、ずっと前に新聞で話題になった「狼に育てられた少女」がいましたね。その子の精神状態が少し理解できる気がします。

 

暗闇のキリマンジャロの夜の道をひた走りに走り、ようやく小さな街の灯りが見えた時の安堵感は今でも忘れられません。ヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」のイメージとはまったく違った私のキリマンジャロ体験。その日はまるで野生動物のようにダイナミックに走ることができたのに、翌日は全身の筋肉痛で歩くことさえできませんでした。よく「火事場の馬鹿力」と言うけれど、人間の肉体は不思議な方法で限界を越えて力を発揮することがあるのですね。

 

 (写真:私が村に着いた時には、もう真っ暗で何も見えない暗闇でしたが、真っ暗で何も写っていない写真はないので、とりあえず、これで・・・笑)

 

あの出来事を思い出すと、縄文の人たちの肉体や心の状態は、私たちよりも野生動物に近かったのではないだろうか・・・と想像してしまいます。「人なのに、人ではない」・・・あの時のあの感じ。


究極に追い込まれて「野生」というものの片鱗を覗いてしまった体験でした。

 

大脳の複雑な思考・・・知識や、理性や、計算や、記憶や、感情や、そういったものがすべて剥ぎ取られて、ただ目の前にあることだけに自分の存在すべてを集中していた類い稀なる瞬間。きっと、猿人類からホモサピエンスへと進化して、縄文人というものができあがりつつあった時代の「人なのに、人ではない」人間の脳は、あんな感じだったのではないでしょうか。

 

何故、現代の私たちがこんなにも縄文に憧れるのか、その一つの理由はここにあるように思うのです。こんなにも複雑化した私たちの思考や感情というものを剥ぎ取って、もっとシンプルに純粋に使うことができたら・・・と、多くの人が感じているのではないかと思います。人類がうまれて発達した思考と感情というものをよりよく使っていくために、縄文の人たちがもっていたであろう「人なのに、人ではない」その研ぎ澄まされた野生の感覚を目覚めさせて、複雑さを超えたシンプルで純粋でパワフルな生き方があるはずだから。

 

そして、そこへの道はまさに予想もしなかった、あるいは望みもしなかった出来事に心を開いて全身全霊で立ち向かった時に、自分の中に「transformation/ 変容」とも言えるものが起こるのではないかと思いました。何か予測不可能なことが起きた時に、過去と同じ方法で自分の中に既にあるパターン化された「対応/対処」を用いる方法では、問題は解決するかもしれないけど自分の「変容」は起こらないでしょう。

 

仕事においてはまさに迅速な対応/対処法を求められます。

 

しかし同時にそこに「真に意味のある成長」を自分のためにつくりだしたいのならば、自分が慣れ親しんだ (得意な) 方法を手放して、今までやったことのない新しく勇敢な選択に身を委ねることで「新しい自分へと変容させるような方法 **・(*゚▽゚*)'・* .。.:*・゜゚・*を選ぶべき時なのかもしれません・・・まさに縄文の人々がそう生きていたように☆ Rieko

國分利江子 / Rieko Kokubun


* 米国・ニューヨーク州政府認定アッサージ・セラピスト

* TRE (ストレス&トラウマ解放のための脳神経メソッド) 国際認定プロバイダー

* BMS セラピー 創設者  
* BMS マッサージセラピー・スクール校長


*BMSセラピー:  https://www.bmstherapy.com
*BMSマッサージセラピー・スクール:  https://www.bmstherapy.com/school

 

((BMS とは Body (身体), Mind (心) & Spirit (スピリット/魂)の略称で、BMSセラピーは身体・心・スピリット/魂を

融合するメソッド))

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June 28, 2019